ねえ、皆は私よりあの女が大事になっちゃったの？

[0回]

「なんっっっっっっっっっっっだあのアマ！　テメェのせいで美ぃが怪我したのに何へらへら笑ってんだ！？　美ぃも美ぃでなんで美ぃちゃんとか呼ばせてるの！？」

　足音も荒く沙衣が医務室へ向かい、その戸を開けると、丁度美也の腕に包帯を巻く所だった。どう切ったのかは知らないが、手首から腕の真ん中辺までがザックリと切れている。ボトッと干菓子の入った包みが落ちた。

「あら。沙衣、どうしたの」

　美也が小首を傾げて、茫然と立っている沙衣を見た。
　弥白と皐月、伊作や志帆がきょとんとしたように沙衣を見る。

「あ、沙衣ちゃん。心愛さんを見なかった？　美ぃちゃんの怪我を見て気分悪そうにしていたから」
　弥白が黙ったまま立っている沙衣に問う。沙衣は「ここあ」と唇だけを動かした。
「弥白。沙衣は心愛さんを知らんだろう。学園長のお使いに行っていたはずだ」
「そうだよ、弥白。でも心配だな、どこかで倒れているかもしれないよ。済まないけど、志帆。様子を見てきてくれないかい？」
　皐月が弥白にそう言い、伊作がにこやかに志帆に心愛を探す様に促した。
「はい。では少し席を外しますね。沙衣先輩、荷物落されてますよ」
　そう言って志帆は沙衣のそばを通り過ぎ、沙衣はのろのろと包みを拾い上げた。

「美ぃ、腕」
「あぁ、ちょっとね。うっかり包丁で切ったのよ。沙衣は医務室に何の用？　怪我でもしたの？」
「ううん。イサ、保健委員に差し入れ兼お土産。干菓子だから、日持ちはするわ。皆で食べて。ねえ、美ぃ、その怪我、あの女の仕業なの」
　ゆっくりと、感情の抜け落ちていく声で沙衣は問いかけた。
「あの女？」
　美也が首を傾げた。
「その、園部心愛って女」

「沙衣。見たなら見たと、何故言わないんだ？」
　伊作が眉間にしわを寄せて非難し、呼応するように弥白が「沙衣ちゃんらしくない」と言い、皐月が「どこに行かれたんだ」と問い、美也が「彼女、大丈夫そうだった？」と心配そうに表情を曇らせた。

「ねえ、美ぃ。何であの女に“美ぃちゃん”って呼ばせてるの。そう他の人に呼ばれるの、美ぃは嫌いじゃない」
「……沙衣。あの女、ではないでしょう。あなたは目上の方に対しての礼儀はきちんとしているのにどうしたの」
　礼儀作法にうるさい美也はキツめの口調で沙衣を窘める。沙衣は不快気に頭を振った。まだ若干湿っていて輪にされていない長い焦げ茶の髪が背で踊る。
「そうね、そうだわね。園部さんに美ぃちゃんと呼ばせてるのはなぜかしら」
　苦々しげに唇を歪めて心愛の名字を呼ぶ。その声音には嫌悪の色しかないのに、それには一切気付かずに（普段なら気付くというのに）美也は陶酔するような表情を見せた。
「だって、心愛さんに“美也ちゃん”と呼ばれるより“美ぃちゃん”と呼ばれたいじゃない」
「私も弥白ちゃん、って呼ばれるし、さっちゃんはさっちゃんって呼ばれるのよ。心愛さんがそう呼んでくれるだけでとても素敵な気分になれるの」
「あの人の声は天上の調べのようだしな」
「さすが天女様だよね」
　弥白も、皐月も、伊作も。うっとりとした様子で語る。
「この傷も残ってしまえば良いのに。心愛さんのおかげで付いた傷だもの」
「でも美也。傷が残ったら任務に支障が出るだろう」
　伊作が窘め、そうね、と美也は頷いた。
　そうして四人で心愛の話題に花を咲かせた。


　ねえ。
　どういうこと。
　なんでみんなはぎもんにおもわないの。

　あのおんなのどこにそんなみりょくがあるの。
　ただのおんなじゃない。みぃにけがさせたのも、ぜんぜんはんせいしていないし。

　ねえ、どうして、おかえりなさい、おつかれさま、とこえをかけてくれないの。
　どうして、あのおんなのことばかりしゃべるの。

　わたしより、あのおんなをとるの？

大切な人たちは私よりも怪しい女を選びました。