この感情は、記憶によるものなの？

[0回]

この好きは『好き』でいいのでしょうか？
次浦＋綾
転生現パロ　一部女体化（基本右側）
28P　300円

藤内が記憶に感情を引っ張られてるのではないかと悩む話。


＋サンプル＋

　浦風藤内にとって次屋三之助の第一印象は最悪だった。
　何故なら、今も仲が良い六人の中で唯一、大川学園中等部へ入学当時に『昔』の…室町時代と呼ばれたあの時代の記憶を持っておらず、尚且つ知らない男子（※三之助）に抱きつかれて尻もちをついて、真新しい制服を汚されてしまったら（といっても晴れていたのでそんなに汚れるわけではないが）誰でも印象は悪くなる。
　現に、藤内が『昔』の記憶を少しだけ思い出す前の期間は三之助に対して当たりはキツかった。藤内が入学当初から親しくしていた一つ上の先輩である綾部喜八瑠…元・綾部喜八郎も、それを押せ押せな感じで支援してくれていたものだから……ちょっと扱いが酷かったのは…まあ、ご愛嬌。一応、良い奴なのだというのはしばらく接していたりして分かってきてはいたのだが……。
　藤内に学園で過ごした時間の前半部分の記憶が戻ってもしばらくは三之助の扱いは悪かった。先日まで敵視していたようなものなのに、記憶が戻ったからといきなり態度を軟化させるのもちょっと照れくさいという乙女心だ。実際、三之助してみればいい迷惑だ。しかしその記憶も当時の藤内が三之助に恋心を自覚する前のもの。そして、後半部分を思い出し始めても、彼と恋仲だった記憶は固く封じられていた。それを思い出すことは『昔』の藤内の忌まわしい記憶を呼び覚ます呼び水になることが分かっていたから、自衛本能だったのだろう。

　その記憶を知っている……というか当事者でもあった喜八瑠はそれを思い出させないように、と藤内と再会してから常に苦心していた。
　だからこそ自分たちが恋人同士だったことを思い出させようとする三之助に喜八瑠は過剰な攻撃をちょくちょく仕掛けては藤内に「次屋に近づいちゃダメ」と忠告を繰り返す。攻撃の内容は飛び蹴り回し蹴り踵落とし。乱定剣や静定剣を駆使したり、三之助が通りそうな場所に軽い罠を仕掛けてみたり……など。そんな攻撃を三之助が藤内に必要以上の距離を縮めようとか（精神的・物理的に）すると決まって喜八瑠が阻止していた。

　そして、忌まわしい記憶と結びつく梅雨の時期。覚えていなくても梅雨の時期は精神が拒否するのか藤内はよく体調を崩していた。年齢も丁度記憶と同じ十五歳。その中、学園長の突然の思いつきの演劇大会が行われる。しかも演目選びのくじ引きで引き当てた台本が、誰の作かは不詳だが……藤内の『昔』の記憶そのままの内容で、喜八瑠の必死の反対も虚しく喜八瑠自身が藤内の役をすることになる。なので喜八瑠は問題のシーンの練習や藤内との通し稽古を拒否したり、と苦し紛れの抵抗を試みていた。
　しかし、風紀委員長の立花仙子が行った通し稽古で強制的に喜八瑠は千歳緑の忍服を纏わされる。覚えていない藤内は「今だけ同じ学年ですね」と楽しそうに言った。通し稽古が始まり……問題のシーン…主人公の婚約者が敵の凶弾で倒れ、主人公に逃げるように促すシーンで、藤内は『昔』三之助の死の間際の記憶がダブったことがキッカケで思い出せなかった全ての記憶が脳内を駆け巡り…あまりの鮮烈さに意識を失った。

　三之助と恋仲だったこと。彼が六年の途中にとある国での任務で死んだこと。藤内がそれを見届けたのに認めるのを拒んだこと。三之助が死んだのに、その国の人々が笑って生きていることに無性に腹が立ったこと。罪を購え、と罪もないその国の民たちを惨殺していったこと。最後に、綾部喜八郎が引導を渡してくれたこと。

　そしてどうにか無事に意識を取り戻し、記憶による混乱もなく『昔』が藤内の脳内に収まった。

―――一番嫌なことを引き受けて、私が壊れてしまわないように、と苦心された喜八瑠先輩は「良かったね」と静かに笑ってくれた。

　三之助を好きか嫌いか、と問われたら私は「好き」と答えられる。第一印象は最悪だったけど。

　でも、それは……今、私がその『昔』の記憶を手にしたからなのか、出会った時から少しずつ惹かれて行ったのかが分からない。