沙衣と天女の遭遇。

[3回]

　風呂上がりでサッパリした沙衣は土産物を抱え、医務室へ向かう。あとで自分の後輩たちには長屋へ直接渡しに行く予定だ。長く、まだ湿った髪は適当に結って背に流しているので、重たげに左右に揺れる。

　干菓子色々買ったからー、下級生は喜ぶよねー。

　生意気で素直な二年と素直で可愛い一年の後輩を思い浮かべて沙衣は微笑む。今から訪れる医務室にいるであろう保健委員会の一、二、三年の後輩も喜ぶかなぁと思いながら廊下を歩く、と。

　どんっ！

「きゃんっ！」

　聞き覚えのない悲鳴。に、懐に仕舞っている苦無に触れ、沙衣はきょとと目を瞬かせた。
　向こうが勢いよく走って来たようで、軽く吹っ飛んでいる。見知らぬ女性で後ろでまとめられた栗色のくるくるとした髪。着ている物は清潔そうな淡い色合いの小袖。華奢そうな細い腕の色は真白で手はぱっと見全く荒れておらず、体つきも戦える者のものではない。

「誰」

　若干低めの、警戒した声音で沙衣が問うと、その女性は顔を上げて沙衣を見るとぱっと顔に朱を上らせた。

「ご、ごめんなさい。急いでたものだから……えと、見かけない子だね」
　そう女性に言われ、すーっと沙衣の目が据わる。桜色の唇から紡がれたのは平坦な感情のない声音。それに彼女が気付いたかは定かではないが、態度も何も変わらなかったので全く気付いていないのだろう。
「私にしてみれば、あなたの方が見かけないお顔ですよ。どちら様でしょうか」
「あ、私は園部心愛です！　この間から学園でお世話になっていて、食堂のお手伝いをしているの！　歳は六年生より一つ上の十六歳です！　えーと、今の言葉から察するとくノたまさんなんだよね？」
「……ええ。六年の霧壺沙衣と申します。よろしくお願いしますね、園部さん」
「沙衣ちゃんだね！　よろしくね！！　私のことは心愛で良いよ」
　……誰が名前で呼んでいいと言った。そして、私はアンタを名前で呼ぶ気もさらさらない。
「いいえ。年上の方をお名前で呼ぶなんてそんな不躾な事はできませんよ」
「え～？　沙衣ちゃんってマジメさんなのね。美ぃちゃんたちは沙衣ちゃんのことそんな風に言ってなかったのにな～」

　い　ま　な　ん　と？

　ざっ、と沙衣は顔面から血の気を引かせた。

　美ぃちゃん、と仰いましたか、アンタ。美ぃたちがアンタみたいな得体のしれない女に心を許したとでも？　美ぃは私や弥白ちゃんが美ぃと呼ぶけれども、実際はそんな風に名前を省略されるのは好きではないのだ。私たちだからこそ許されているのだ。そうして、アンタのような媚を売って生きる女が一番嫌いなのに。それが商いである女郎の方々はまた別だが。
　美ぃ、美ぃ美ぃ美ぃ！　今すぐ確かめないと。

「あぁ、美ぃとお知合いなんですね。美ぃたちは今どちらにいるかご存知でしょうか」
「美ぃちゃんたちはさっき医務室の方に行ったよ。私のお手伝いをしてくれて、私がうっかりぶつかっちゃって包丁で怪我をしたの。結構平気みたいだったから、私は食堂に戻る途中」

　はあ！？　ふざけんなよ！？　うっかりぶつかった？　調理場で何したんだこの女（アマ）！！

「……そう、ですか。では、私は心配なので様子を見てきますね」
「そうだね。お友達だもんね。心配でしょう？　あ、じゃあ私もついて行こうかな。沙衣ちゃんともお話したいし。あ、その包みなあに？　私持ってってあげようか」
「いいえ、大丈夫ですよ。食堂に戻られるのでしょう？　そろそろ夕刻ですから、調理をされるのでしょう？」
「でも、沙衣ちゃんとお話したいし」
「…………………」
　沙衣は笑顔のまま顔面をひきつらせるという器用な真似をしながら、ゆっくりと口を開いた。
「私事よりも、お仕事の方を優先させてください。私が食堂のおばちゃんに叱られますよ」
「そう？　じゃあ、また後でお話ししようね！」
　そう言って、心愛はぱたぱたと足音も騒々しくその場を去った。

馴れ馴れしい、怪しい女を見つけました。