教師陣にとっての異邦人。

[0回]

　先日、一人の少女が空から降って来て、学園の生徒に保護された。
　あからさまに怪しい人物を学園長は滞在することを容認した。
　教師たちから喧々囂々と反対意見が出たが、学園長の鶴の一声で収まる。
　学園の規律は全て学園長の思惑一つ。

「あのようなただの小娘、放り出しても構わんが……これは好機とみて良いじゃろう。何も知らぬただの小娘。戦の臭いも知らず平和ボケしたあの小娘を使い、まだまだ未熟な卵たちに色のなんたるかを実地で経験してもらうにはな」

　意地の悪い笑みを浮かべ、学園長はそう言った。

「一年、二年はともかく。五年、六年ともなれば色に溺れる恐ろしさを身をもって覚えた方がよかろう。忍者の三禁は、してはならぬことではない。溺れるな、加減を見極めろ。そういうことじゃからのう」

　じゃから、教師陣はこの件に関して一切手を加えてはならぬぞ。


○×△


―――それは霧壺沙衣と鉢屋三郎が戻る前日の話。

　一年は組教科担当・土井半助は先日の一件を思い起こして、深々と溜息をついた。

「土井先生、なぁに溜息ついてるんですか」
　同室で同じくは組の実技担当の山田伝蔵がガラリと戸を開けて不思議そうに問う。
「溜息もつきたくなりますよ。今日も今日とて、は組の連中は『心愛さん、心愛さん』しかも当の彼女が授業中に乱入してきて授業もパァ。ただでさえ授業計画が遅れてるって言うのに」
「はあ……。そりゃあまあ、溜息もつきたくもなりますわな。それにしても、学園長の思いつきにも困ったもんですねえ。結局みんな溺れてるじゃないですか」
　こぽぽぽぽぽ……と伝蔵は茶を淹れて、湯呑みを半助に渡した。
「忍たまもくノたまも、皆『心愛さん』。彼女を巡って私闘もちらほら。保健委員はてんてこ舞いのようですね」
　ありがとうございます、と半助は湯呑みを受け取り、ずず、と茶をすすった。適度な熱さに濃さ。山田伝蔵の淹れる茶は美味い。
「そういえば、そろそろ沙衣たちも帰って来る頃ですなあ。土井先生」
「ああ。霧壺と鉢屋はお使いでしたね」
　六年くノ一組の霧壺沙衣と五年ろ組の鉢屋三郎は忍たまくノたま随一の変姿の術の使い手である。その変姿の術を活かした“お使い”を学園長から受けて彼女たちはしばらく学園を空けている。
「どんな反応を見せるのか、教師として、伯父として、いろいろと複雑な所ですが……。まあ、沙衣はどうにかなるでしょうよ」
　伝蔵は茶をすすりながらそう呟く。
「山田先生。その根拠は」
　まあ。アンタ、自分の委員会の委員長のことを理解してないのねえ。と伝蔵は苦笑いをしながら言う。確かにここ数年はあの子の場が荒らされることはなかったから仕方ないといえば仕方ない。伝蔵は一口二口と茶をすすった後に口を開いた。
「そうですなあ。あの子は自らの場を荒らされるのを嫌うから、と言っておきましょう。最悪、園部心愛を殺すことも厭わないでしょうな。自分の居場所を守るために。一体誰に似たのやら」
「靜那に似たとは言いませんけれど。まあ…別に彼女が死んでしまっても、私たちの生活に支障はありませんからねえ。嗚呼……このさらに遅れてしまった分、どうしよう……」
「また休み返上で補習にしてしまったらどうです。毎度のことでしょうが」
　うんうんと授業計画表を前に唸り始めた半助を呆れたように半眼で眺めながら、伝蔵は湯呑みに茶を追加する。
「今度の休みは帰らないといけないんです！　長屋のどぶ浚いの順番が回って来ていまして……」
　がしがしと傷みまくった頭をかき回しながらあーでもないこーでもないと唸る半助。伝蔵は茶をすすってほうと一息。
「あーたも大変ですねぇ。あたしもいい加減帰らないとかみさんの機嫌が急降下ですからなあ。久々に沙衣と仲良く帰りましょうかねえ」


　確実に沙衣はあの女を殺すだろうな、と伝蔵は思う。
　この優しい箱庭は彼女を人たらしめる最後の砦。誰よりも心を殺すことが上手かった少女が、この場所で初めて一人の少女として笑えた場所なのだから。


　ずず…と茶をすする音とあーでもないこーでもないと授業計画を練り直す半助の声だけが部屋に響いていた。

教師(私たち)は傍観に徹するのみ