それはいつもの思いつきであり、それ以上でも以下でもない。

[0回]

　くすくすと笑いながら歩く様は一種異様なものだろう。

　けれど沙衣は気にすることなく歩を進める。向かうは教職員長屋。手には煙硝蔵の在庫表。火薬委員長としての仕事で教職員長屋に向かっているという大義名分が成り立つ。まあ、それを手にしていなくとも、彼女には彼女独特の理由もあるので問題はないのだが。

「失礼いたします。土井先生、火薬の在庫がちょっと足らなくなりそうなので…次の仕入れまでの使用予定の詳細を知りたいのですが」
　戸を軽くたたき、応えをもらい沙衣は流れるような動作で音もなく部屋に入る。五年間…入学前から数えると十年以上培ってきた忍びの所作は余すことなく使われている。
「そうか。最近は騒動続きで予定外の火薬の使用も多かったからな。それを見越しての貯蔵だったんだが……足りないか」
「まあ、恐らくどさくさに紛れて四年の田村三木ヱ門、六年の立花仙蔵……一年の佐武虎若が所持しているのでしょうよ」
　自分の受け持ちの生徒の名を言われ、う、と半助は言葉に詰まる。隣の書机で書き物をしていた山田伝蔵が顎鬚を扱きながらにやにやと沙衣を窺った。
「沙衣。お前はくすねておらんのか？」
　母の姉の夫である伝蔵の問いかけに沙衣は心外な様子で答えた。
「あら、伯父さま。私がそんなさもしいことをすると思っていますの？　私は私の貯蔵分が残ってます。あぁ、そうです。土井先生」
　何だ、と半助は優しく微笑んで首を傾げた。本当はあの後すぐに知らせるつもりだったのだが、うっかり忘れていた。煙硝蔵を管理する一部として申し訳ないと思う。
「天女と呼ばれるバカ女に煙硝蔵の所在が知られてしまいました」
「何！？」
　その反応に、ふ、と沙衣は知らず知らずに詰めていた息を吐き、微笑う。
「……あぁ、先生方は天女方ではないんですね。煙硝蔵へ連れてきたのは我が委員会の久々知です。最近ちょくちょくと各委員会を転々としているようですね。お手伝い、と」
「沙衣。お前、何がしたいんだ」
　半助が剣呑に目を細める。伝蔵は仕方がないという風に首を横に振った。
「あら。分かっていらっしゃるでしょう？　私、許可を頂きに参ったのです。仮に、あの天女がどこかの城や豪族の要人だと困るでしょう？　どこの馬の骨ともつかぬ人間。その保証と、私が彼女を屠る許可を」
　にぃ、と嫣然と沙衣は笑む。その姿は彼女の伯母や姉によく似ていて、先の姿を容易に思い出させる。
　沙衣の言葉に伝蔵はやはりな、と頷き半助と視線を交わす。
「一応、バレないようにはしますけど、大義名分は必要でしょう？　天女に傾倒している輩に無勢じゃ勝ち目がありません。言い出したのは私ですけど、先生方の命があったとなれば…まあ。稚拙すぎるのは分かっているのですが、如何せん味方が少なすぎる。というか、鉢屋以外の味方がいないんですよね」

「まあ、あれは学園長の思い付きだからな。許可は出るだろう。まずは学園長にあたしが掛け合ってくるから答えが来るまで実行しなさんなよ」
　伝蔵は立ち上がり、部屋を出る。教職員長屋はよく生徒が聞き耳を立てに来るが、珍しく誰もいる様子がない。きゃーきゃーわぁわぁと歓声がグラウンドの方で上がっている。それで容易に察しがついた。どこの誰とも知れぬ平和ボケした異質な娘。それに傾倒し、群がる生徒たち。

　忍者の三禁。
　金、酒、色。

　その内のもっとも人が陥りやすい、色。
　色は異性のことであり、色恋のことであり、情の深さ、強さである。

　学園長。
　これは目に余り過ぎるほどですよ。





　許可は存外簡単に下りた。

「所詮暇つぶしでしかないのじゃ。しかし、あの娘の最近の行動は目に余る。儂はのう、伝蔵。食堂の手伝いをすることであの娘に衣食住の許可を与えた。じゃが、あの娘はまともに仕事をしておる様子もない。おばちゃんは気にしていないようじゃがな」
　話しながら点てていた茶を伝蔵に勧め、自らの分を点て始めた。
「それにもう飽いた。先生たちに始末してもらってもよいが、霧壺がやりたいというのならやらせよう。どのようにやるかも一興じゃし。うまくやれば、成績に色をつけてやろう。そう伝えておけ」

　学園長は白い眉の奥から鋭い眼光を伝蔵に送り、干菓子を頬張った。

ただの暇つぶしでしかないんです。実はね。

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天女様特典補正がかかってるのは生徒（沙衣・三郎除く）と食堂のおばちゃん、事務のおばちゃん、小松田さん。
動物にはかかってないので、ジュンコとかめちゃくちゃ嫌がる。