喜八瑠（喜八郎）と隆丸（タカ丸）出会い編。

こちらは隆丸視点。

[1回]

　可愛らしい女の子でした。
　『昔』と変わらないふわふわとした髪の毛を大きなリボンで結んで。ひらひらとした可愛いお洋服を着てまるでお人形さんみたい。
　女の子だ。僕は嬉しくて、口元が綻んだ。

「喜八郎君」

　『今』の名前が分からないから、『昔』の名前を呼んだ。どんな名前かな。どんな声かな。どんな反応をしてくれるのかな？　無表情ながらにびっくりしているのはよく分かる。ずっと見てたから。

「タカ丸さん」

　可愛い声が、可愛らしい唇から零れる。『昔』の音で呼ばれた名前は何かくすぐったくって僕はちょっと笑った。
　次の瞬間に君が泣いちゃったのにはびっくりしたけど。お母さんらしき人がおろおろしたように「どうしたの？　きはちゃん」とレースのハンカチで君の涙を拭っていく。

　ねえ。安心したの？
　僕がいる事に、安心したの？
　一人じゃないと…分かって安心したんだね。

「大丈夫だよ。僕がいるよ」
　ひとりじゃないよ。

　君が望む言葉をあげる。

　君は母親の手を振り切って僕にしがみつく。大きな声で、一人じゃない、と安心した思いで涙を流して泣いている。
　僕も、嬉しかった。生まれ変わり、ってあるんだと、自分の父親を、自分の容姿を見ながら思ってはいた。父は『昔』を覚えていなかったけれど。

　でも、大好きな君は『昔』を覚えてて、僕を覚えてた。
　小さな体に容量オーバーであろう記憶を抱えて。きっと、この尋常じゃない泣き方だと、僕以上の容量を抱えて生まれてきたんじゃないかと予想をする。重いよね。辛いよね。苦しいよね。
　『昔』の記憶は良くも悪くも、幼い子どもの脳味噌には容量オーバー。処理しきれない情報の波に翻弄されて狂ってしまう子どもも多いのだと、後々成長して僕は知る。だから、僕や君はとても特殊で、後に逢う皆も特殊だったのだ。

　ひとしきり泣いてスッキリしたのか、君は顔を上げてちょっと困ったように笑っていた。ここにいるのはきっと気まずいだろうと、僕は手を止めている父を振り仰ぐ。

「おとうさん。僕、お外で遊んでくるよ。行こう…えと」
　僕が名前を言い淀むと、君はにこりと笑う。周りには無表情にしか見えないだろうけど。
「喜八瑠です。タカ丸さん」
　『昔』の音で呼んでくれる喜八瑠ちゃんには悪いけど、あとで『今』の音に直してもらおう。やっぱり、『今』の僕にはちょっと違和感だ。
「うん、じゃ、いこ。喜八瑠ちゃん」
　先にジュース飲んで行こうね。

　こくりと頷く喜八瑠ちゃんの手を引き、ジュースを飲むついでに服も替えてしまおうと店の外に出て二階へ続く階段を上る。二階と三階が家である。

　僕は嬉しくて、楽しくていつも以上ににこにこと顔が緩んでいるのだろう。
　繋がれた暖かい体温と柔らかさ。僕よりも小さな手がぎゅっと僕の手を握る。

　うん。夢じゃないね。
　本当だね。
　君は僕の隣にいる。

　もう、君も僕も独りじゃないね。