妖パロ。続き。

はちやを探して勘右衛門は空を飛ぶ。

[0回]

　はちやがいる住処はどうやらちょっと遠い所らしい。

　山から降りたことのない勘右衛門は空行く鳥たちに尋ねながら翼をはためかせる。

　山や森が開け、家屋が建ち並び田畑もたくさん見られるようになり、滅多に見ることのなかった人の往来も見えた。鳥たちに言われた通り民家が見えたくらいから隠れ蓑を羽織って飛ぶ。隠れ蓑はその名の通り身を周囲に溶け込ませ隠してくれる蓑だ。


　そうやって、もう間もなくというところで勘右衛門の腹の虫が盛大に鳴き喚いた。
　早く羽団扇を取り戻さないと師匠の酷い雷が落ちると気が急いていたせいで、勘右衛門は何も食べずにひたすら飛行していたのだ。

｢腹減った｣

　ぐぉぎゅりゅるりるらぎゅらら、ととてつもない音と共に羽ばたく気力も失せた体は真っ逆さまに地上へと急降下した。


　偏に、勘右衛門が無事だったのは、近くを通った鷹や鷲が蹴爪を着物に引っ掻けてくれたり、獲物よろしく足や腕を掴まえてくれたからである。


　ぽて。と道の真ん中に俯せたままの勘右衛門を少年が発見する。

　町から少し離れた稲荷神社に住む友人に食糧を届けようと風呂敷包みを背負い、片手にも一つ抱えて相当の重量があるはずなのに涼しい顔で少年は歩いていた。

　と、道の真ん中に何やら人らしきモノが落ちている。

　らしきモノ。そう少年が判じた理由は、人のカタチをしたモノに真っ黒な翼が生えているからに相違ない。大きさは童程度。
　昔からその手が視えやすい性質だったので件の稲荷神社の息子と仲良くなったのだが。


　さて、と。
　少年こと久々知兵助は考えた。

　これは拾っても安全か？と。

　どちらにしろ往来の邪魔であるし、ここを通るものは基本的に何かしらそういうモノに被害を受けている者ばかりなので、放置していると後々面倒臭いことになるだろう。どうせ神社に行けば三郎がいるし、その方が良いだろう。

　そう考えて兵助は側に落ちていた木の枝でそれをつついてみた。
　それはピクリともしなかったが、代わりに盛大な腹の虫を鳴らした。

｢……………………｣

　片手に下げていた風呂敷包みから、雷蔵や三郎と一緒に食べるようにと持たせられたいなり寿司を一人前(五つ入り)を包みを広げて置いてみた。それはぴくりと指を動かして、がばりと起き上がるといなり寿司を掴んでペロリと平らげる。そうしてそれは首を傾げて、漸く兵助に気付いた。

　丸い目が不思議そうに兵助に向けられる。

｢今の食べ物と同じ匂い。今の、君がくれたの？｣
　勘右衛門が問うと兵助は頷いた。勘右衛門は満面の笑みを浮かべて礼を述べた。誰かに何かをしてもらったら礼を言うこと。お師匠の教育の賜物である。
｢ありがとうございます。お腹減って死ぬかと思った｣
　それもこれもはちやのせいだ。と怒っている山伏姿の童の妖。そのなりから鴉天狗と当たりをつけた兵助は、勘右衛門の呟いた｢はちや｣という単語に反応した。

｢はちや……鉢屋稲荷？｣

　はちや、という単語に該当するのは、友人の自宅でもある稲荷神社。鉢屋稲荷。因みに友人の名字は不破である。鉢屋稲荷の御利益は商売繁盛、悪霊退散、縁結び。悪霊退散効果は抜群で商売繁盛、縁結びはそれなり。まあこの辺で三郎に敵う妖はいない。三郎は鉢屋稲荷の御使い狐で高い霊力を持つ天狐である。人身に化けて（主に雷蔵の姿）神社に参拝に来る人間と交流を持ったりしている。因みに正体を知っているのは、稲荷神社の宮司一家、そして兵助ともう一人である。


｢！？はちやを知ってるの！？俺は鴉天狗の勘右衛門！はちやのいる場所教えて！！｣
　勘右衛門は兵助の腕を掴んで必死に教えてくれと訴える。だが兵助にしてみればむざむざと友人たちの所に妖を連れていく道理はない。
｢白狐のはちやが俺の羽団扇持ってったんだ！お師匠に他の奴に渡しちゃダメって言われてたのに、はちやが俺放って取ってったんだ！！バレたらお師匠に殺されちゃう！！｣

｢よし行こう｣

　勘右衛門の言葉に、兵助は即答した。
　小さい子から物を取るなんて、御使い狐なのにさもしい奴。今頃雷蔵にこっぴどく叱られているだろう。自業自得だから俺は一切口を出さんがな。


｢俺は久々知兵助。よろしくな、勘ちゃん｣
　勘右衛門はきょと、と目を瞠る。
｢勘ちゃん、って、初めて呼ばれた｣
｢嫌なら｣
　やめるけど。小さいから勘ちゃんでいいかなと思ったんだけど。と言葉が出る前にぶんぶんと頭を左右に振って、勘右衛門は急き込んで言う。
｢嫌じゃないよ！だってお師匠やはちやは勘右衛門て呼ぶけど、他の子たちは勘右衛門様としか呼んでくれないんだもん。気安く呼んで欲しいけどみんなダメって言うし、そんな風に呼んでもらえるのは嬉しいよ！！｣
勘ちゃんって呼んでくれるのすごく嬉しい！！

　諸手を上げて喜ぶ鴉天狗の童を見つめ、こいつ行き倒れていたけど、その筋じゃかなりのボンボンなんじゃとか考えつつ、そうか、と兵助は相槌を打つ。

｢ねぇねぇ、久々知さんはへーちゃんって呼んで良い？｣
｢うん｣
　呼ばれ方に然して頓着しない兵助はその呼び方に了承の意を示した。

　あと一間程で鉢屋稲荷神社である。