喜八瑠（喜八郎）と隆丸（タカ丸）の出会い編。

喜八瑠四歳と隆丸六歳。

隆丸宅は美容室（この時はまだ大川市在住じゃない）。カリスマな幸隆さんは相変わらずカリスマです。
喜八瑠は母親と美容室にやってきたようです。

[0回]

　その人は私を見た途端、目を丸くして、そうしてふにゃりと見慣れた笑みを浮かべた。
　きっと私は無表情で、あなたを見てとても心躍らせているのも、傍から見ればきっと分からないのだろう。ひらひらとした可愛らしい服に、大きなリボン。お人形のよう、とよく言われる容姿でただまじまじと目を瞠ったまま私はあなたを見つめた。

「喜八郎君」

　そう呼んだ声は、私の知っている声よりずっとずっと高くて。
　容姿も、ずっとずっと幼くって。

「タカ丸さん」

　私の声も容姿も幼くて。性別も違うのに。
　涙が、ぽろぽろと零れて、母が動揺したように「どうしたの？　きはちゃん」とひらひらのレースのハンカチで涙をぬぐう。

「大丈夫だよ。僕がいるよ」
　もうひとりじゃないよ。
　顔を拭う母の手を振り払って、私はタカ丸さんにしがみついてわんわん泣いた。きっと、それが生まれて初めて（赤ん坊の時を除いて）私が声を上げて泣いた日。

　綾部喜八郎の記憶を持ち、綾部喜八瑠と共存し。
　幼い脳で処理できない記憶を処理し、動けない体を駆使し、普通の幼い女の子の生活を肯定することができなかった私が、唯一心を開け放てた瞬間。
　自分が異質ではない、と思えた瞬間。
　記憶が本当であり、嘘ではないと、妄想ではないと、自分の頭がおかしいわけではないのだと。

　四歳の自分がようやっと安堵できた瞬間だったのだ。


　ひとしきり泣いた後、美容室にいた人たちは目を丸くしたままこちらを見ていて、母はとても恐縮していた。まあ、突然娘が泣き喚いてその美容室の息子にしがみついて泣きやまなかったらそうなるだろう。

「おとうさん。僕、お外で遊んでくるよ。行こう…えと」
　びちょびちょでべちょべちょの服を気にした様子もなく、タカ丸さんがほわほわとした笑みを浮かべたままに髪を切るのを止めていた父親の幸隆さんに声をかける。幸隆さんも『昔』とお変わりない容姿で、相変わらずの腕のよう。私の今の名前が分からずに、はて、と首を傾げる様子に私は泣き疲れてしゃがれた声で答える。
「喜八瑠です。タカ丸さん」
「うん、じゃ、いこ。喜八瑠ちゃん」
　先にジュース飲んで行こうね。

　美容室の上にある居住区の方へと私の手を引き引き、楽しそうにタカ丸さんは進んでいく。繋がれた手のぬくもりと感触が、これは夢ではなく本当のことだと教えてくれる。

　ひとりぼっちじゃないよ。と。