[0回]

「へーちゃんなんて、だいっきらい！！！」

「……………………俺も、勘ちゃん、嫌い」

　勘右衛門の放った言葉に、兵助は顔色も変えずに答えた。

　互いに無言のまま睨みあう。

　それを心配そうに見つめるろ組三人組。

「…………………あ、」

　雷蔵が小さく声を漏らす。

　それとほぼ同時に、勘右衛門の眉が八の字に下がった。

「嘘だよへ―ちゃん大好きだよごめんなさいいいいいっっ！！！」
　うわああんっっ！！　と泣きながら、ぎゅううううう！　と、勘右衛門は兵助を抱きしめた。

「うん。知ってる。今日は嘘をついても良い日なんだろ」
　ぽんぽんと背中を軽く叩いて兵助は何事もなかったかのように勘右衛門をあやす。
「でもへーちゃん僕のこと嫌いって言ったああああああ」
「勘ちゃんは大っ嫌いて言っただろ。ちょっと驚いて、悲しかったんだけど」
「ごめんなさいいいいいいい！！」
「今度からついていい嘘と駄目な嘘は考えようね」
「うん、ごめんなさいぃ」

「……………い組めんどくせー」
　三郎がぽつりとつぶやく。
「頭良いくせに何バカな事してんだよ」
「えぇ？　可愛いと思うけどなー」
　雷蔵がにこにこと笑いながら答える。
「十四の男が可愛い、って言われても嬉しくないだろう」
　八左ヱ門が呆れたように言うと、まぁねーと雷蔵は笑う。
「勘ちゃんと兵助だと可愛いって言っても違和感ないからしょうがないんだよ」
「雷蔵入れても違和感ないけどな！　雷蔵大嫌い！」
　ちょっとのってみた三郎に、雷蔵は笑顔を向けた。柔和な笑顔でなく、絶対零度の笑み。

「ありがとう。僕は君のことが大好きでたまらないよ」

　げぼふぉ…！
　三郎は体力的精神的に大ダメージを喰らった。

「……調子乗るからだぞ、三郎」
「雷蔵…冷たい……」
「それにしても、このネタはい組で流行っているのか？」
　八左ヱ門が辺りに視線を向けると、近場でい組が似たようなことをやっていた。

「長次！　嫌いだぞ大嫌いだぞ地獄に落ちて死んでしまえ二度と私の前に姿を現すな！！！！」

　六年い組の立花仙蔵が涼しげな声でそう宣う。

「…それでも、俺は仙蔵のことが好きだ」

　宣われた方の六年ろ組の中在家長次はいつもの表情を崩さずにそう答えた。
　その答えに、仙蔵は白い面にぱっと朱を上らせる。

「長次……！」

　がばっと抱きつくと、先程の勘右衛門のように弁明を始めた。それをうむうむと聞く長次。いつもの風景である。

「藤内なんか、大嫌いなんだからね！」
「綾部先輩。何か変な物でも食べました？」

　四年い組綾部喜八郎と三年は組浦風藤内。
　自分に向けて珍しい言葉を発した喜八郎を、藤内は胡乱気に見つめた。この先輩は天地がひっくりかえっても自分にそのような感情を向ける事はないと思っていたのだが……。それくらいにべたべたに甘やかされているのは自覚している藤内は喜八郎の額に手を伸ばす。

「熱はないみたいですけど、医務室に行きましょうか」
「藤内なんか、大嫌い！」
「嫌いでも良いですから、体くらいはご自愛ください。忍は体が資本です」

　嫌い嫌い嫌いー！　と騒ぐ喜八郎を引っ張りながら、事の趣旨を根本から気付いていない藤内は一晩経てば元に戻るかなあと鷹揚に構えていた。



「……なんかもう、あれだな。勝手にしろって感じな」
「竹谷先輩」
　不意に声をかけられ、八左ヱ門は「うん？」と振り返る。
　振り返った先には三年い組の伊賀崎孫兵。
　まさか。

「竹谷先輩。不快です。消えてください」

……い組、変な事流行ってるな。

　ろ組三人組は心からそう思った。