笑って媚び売って。
それだけで良い、なんて、ふざけた存在。

[0回]

少女は天女に扮して道化を欺き、

　沙衣は食堂でくるくると良く働いた。沙衣の変装は見破られるようなものではないので、周りの生徒たちは完璧に沙衣を心愛と思い込んでいる。
「心愛さん、A定食お願いしまーす」
「あ、B定食二つー」
「はーい、A定食一つにB定食二つねー！」
　心愛と同じ笑みを浮かべ、沙衣は生徒たちに食事を出していく。

　あの女の真似とか、面倒だなーもう。

「沙衣はもう出ちゃったんだ」
「ええ。私が起きた頃に食堂に行ってたわ」
「あいつ、最近五年の鉢屋といる事が多いよな」
「そーいえば夜の鍛錬見ないなー」
「任務の打ち合わせ、と言っていたぞ」
「夜遅くまで話し込んでる事多いよね。あ、心愛さん私A定食が良いな」
　と、いつもの六年、六年くノたまが一気に入って来る。
「弥白ちゃんはAね。他の子たちは？」
　沙衣が問うと怒涛のようにAとBの単語がぶつけられる。
「えーと、弥白ちゃんと伊作君と留三郎君とさっちゃんと長次君がAで仙蔵君と文次郎君と美ぃちゃんと小平太君がB……でいいのかな」
　そう沙衣が答えると、九人はきょとんとした様子で沙衣を見た。まずい、と沙衣は心の中でごちる。あの、心愛が先程の注文で的確に答えられるわけがないのだ。
「あ、あの、何か、間違ってた…かな？」
　もじもじと手指をこねくり回しながら上目遣いに沙衣は九人を見上げた。
「いえ、間違ってはいませんが…聞き取れるようになったんですね」
　仙蔵が言うと、沙衣は笑う。
「だって、毎日の事だもん。慣れるよぅ」
「そうだよな、毎日だから慣れるって」
　留三郎が朗らかに笑い、沙衣が出した定食を受け取った。そして順番に彼らが食事を受け取ると、沙衣は冷や汗が流れそうになった額をグイ、と拭った。

　うわー、やーばかったー。
　沙衣は一先ず疑われなかった事に感謝し、うっかりボロを出しかけた己を詰る。
　普通に考えなさいよ、沙衣。あの女があの注文を受けれた事があった？　無かったでしょう。なのに易々と受け答えんじゃねーっつの。

　ごちそうさまでしたー、と次々に返って来る食器類を片付けて、沙衣はふぅ、と息をついた。
「お疲れ様、心愛ちゃん。ここはもう良いから次の所に行ってらっしゃいな」
「はーい。お疲れ様でしたー」
　沙衣は食堂を出ると真っ直ぐ生物小屋へと向かう。もちろん、真っ直ぐといっても人目につかないように…だが。



　近付いてくる足音に、二頭はピンと耳と尻尾を立てる。尻尾はわさわさと嬉しそうに左右に揺れる。他のものは目を伏せたまま、耳だけピンと立てたまま来訪者を待つ。

「志郎丸。玖郎丸」

　白い毛並みの狼と黒い毛並みの狼が嬉しそうに心愛の扮装をした沙衣に近寄る。生物小屋は毒虫の区画、小動物の区画、そして狼のような獰猛な獣の区画と分かれている。その獣の区画にある狼の小屋には沙衣が一年生の頃に拾った白と黒の狼が二頭住んでいる。

「お前たちにお仕事よ……―――」

　にっこりと沙衣は慈愛に満ちた笑みで小屋の鍵を開け、二頭を外に出すと頭を優しく撫でた。