大切なものを取り戻すために、我らはおどけた道化に成り済ます。

さぁさぁ、目が節穴の天女様。
どんな戯言がお好みで？

[0回]

　そろりと部屋に入ってきた心愛に沙衣は二コリと笑みを向ける。

「おはよう、沙衣ちゃん。今日はよろしくね」
「ええ。お任せください。本日はお休みなので授業などの心配はいりませんからねー」
　素早く焼却処分決定の着物を着つけてやり、顔も沙衣に変える。見た目だけはどこからどう見ても沙衣だ。もちろん、体つきもそう見えるように色々仕込んだ。
　それから自分もちゃっちゃと心愛に成代わる。その早さに心愛は唖然と沙衣を見つめた。

「……すごーい…沙衣ちゃん」
「ダメですよ、心愛さん。今、沙衣はあなたです。もー沙衣ちゃんったらどーしたの？」

　声もがらりと心愛と同じになる。

「沙衣ちゃんはー、あんまりしゃべんない方がいいよね。声変えられないしー。そーだなぁ、じゃあ、私のお手伝いしてくれる？」

　ぽかーんとした様子の心愛にいつもの心愛の笑みを向け、沙衣は心愛の手を引っ張った。

「沙衣ちゃんまだ時間あるでしょ？　私沙衣ちゃんとお話したいから、一緒に食堂のお手伝いしてくれるかな」
　くん、と手を引っ張って沙衣は心愛を部屋の外へ引きずり出し、揚々と食堂へと向かう。

守るものの為に我らは道化となりましょう。

　調理場へ入ると、おばちゃんが「おはよう、心愛ちゃん、沙衣ちゃん」とにこやかに声をかけた。
「沙衣ちゃん、お弁当は出来ているからね」
「……」
「？　沙衣ちゃん？」
　何の反応も返さない沙衣に変装した心愛におばちゃんは訝しげに呼びかける。そこをすかさず沙衣が割って入る。
「沙衣ちゃんお腹空きすぎて気持ち悪いんだって！　おばちゃん何か食べる物あるかなあ？」
「ああ、そうなの。昨日の夜鍛錬しすぎたんでしょう？　女の子なんだから控えめにっていつも言っているのに」
「沙衣ちゃんそんなに鍛錬するのー？」
「するのよー。実力はくノたまの中でも抜きんでているから、忍たまにも引けを取らなくってねえ」
「へー！　すごいねぇ沙衣ちゃんって！」
　沙衣はそう言いながら心愛の手におにぎりを持たせ、食べるように促す。お腹が空いていた心愛は喜んでそれを食べる。

「沙衣先輩」

　カウンターの向こうから不意に声がかけられる。

「あら、おはよう鉢屋君」
「おはようございます、おばちゃん。それと心愛さん」
「おはよー、三郎君」
「朝食出来てます？」
「今おにぎりしかできないのよー。それでも良いかしら」
「十分です。俺らももう出なければいけないし。沙衣先輩、行きましょう」
　三郎の言葉に、心愛が戸惑うように沙衣を見る。沙衣は行きなさい、と出入り口を指し示す。心愛はそろりと三郎の傍まで行くと、三郎がおにぎりとお弁当を受け取るのを眺める。
　三郎は視線に今し方気付いたとでも言うように心愛を見、にこりと笑いかけた。ぱっと心愛の頬に赤味が差す。沙衣と三郎は心の中で忌々しげに舌打ちをする。


■□■


　出門表に三郎が二人分の名をさらさらと書いて門を出る。
　しばらく歩いた所で、三郎は口を開いた。

「心愛さん、とても景色のいい、二人きりになれる場所があるのでそちらへ行きましょうか」
　にっこりと人の良い笑み付きである。それだけできゅんきゅんしている心愛は「そうだ」と良い事を思い付いたとばかりに三郎の袖を引いた。
「あの、三郎君！」
「はい」
　にこやかな笑みの下で「袖を引っ張るな」とそれに付随して罵詈雑言を心の中で呟き続ける三郎には全く気付かず（まあ、当然だが）に心愛はもじもじと恥ずかしそうに上目遣いで三郎を見上げる。外見は沙衣だが、心愛だと分かっている三郎にとっては気持ち悪い事この上ない。
「えと、敬語使わないで良いよ。それと、私の事、さん付しないで…くれる…？」
「分かった。じゃあもう少し歩くけど……へばるなよ、心愛」
「うん！」

　ああ、早くこの苦行が終いにならねーかな。と三郎は心から思うが、沙衣が約束の場所に現れるまでは、この戯言だらけの芝居は続くのである。