よろしく？
私は他人と関わり合いになんてなりたくもないのに。

[0回]

　入学手続きを終え、伊作と別れようとすると、伊作が沙衣の着物の袖を掴んだ。

「何、善法寺。私はくノ一教室に行くの。お前はあっちでしょ」
「沙衣ちゃん、あのねこれからも仲良くしてね」
「……生き残れていたらね」

　そう言って沙衣は振り返らずにくノ一教室へと向かって歩いた。

　あぁ、そうだ。伯父様に挨拶と伯母様からの文をお渡しして、くノ一教室の山本シナ先生に靜姉様が宜しく伝えていたと申し上げなければ。

　割り当てられている部屋に行くと、既に桃色の装束に着替えた黒髪の少女がにこりと笑いかける。

「初めまして。私は瀬川美也と言うの。今日からよろしくね」
「霧壺沙衣。私、他人とあまり仲良くする気はないから、適当によろしく」
「は？」
　ひくり、と美也の口元が引きつる。
「情は戦忍を目指すには要らないから」
　装束に着替え、腰下まで伸びた焦げ茶色の髪を高い位置で一つに結う。
「それじゃ」
　部屋を出て、沙衣は姉の靜那に教えられていた学園の地図を頭に描く。そうして教職員長屋の方へと屋根を駆けて向かった。

「な、何なのアレ！」
　だんっ、と美也は拳を床に叩きつける。サラリと艶やかな黒髪が肩を滑り落ちる。
「他人とあまり仲良くする気はない？　な・ら！　入学しなければいいじゃないの！！　可愛い顔してたけどあんな性悪、仲良くするなんてこっちから御免被るわよ―――――――っっ！！！」
　むきー！！　っと頭を掻きむしりながら美也は喚く。そしてふと、先程の沙衣の目を思い出して首を捻る。
「……？　じゃあ何であんな困惑した様子だったのかしら…？」


□■□


　障子の前に影が落ち、見知った気配に山田伝蔵は目を細めた。本来二人部屋の居室では今は伝蔵一人が寝起きしている。
「伯父様、沙衣です。伯母様の文を預かって参りました」
「お入り、沙衣。それと、ここでは“伯父様”ではなく“山田先生”と呼びなさい」
　からりと障子が横に滑り、目元が少し和んだ様子の沙衣が入ってくる。“あの日”以来、笑顔が絶えなかった少女は一切笑みを見せなくなった。それ所か喜怒哀楽のほとんどが抜け落ちている状態だ。伝蔵や妻がこの少女を学園に入れた最大の理由は年が近い子どもたちと交流して昔のようによく笑い、怒り、泣いて、楽しめるようにしてほしいと思ったからだ。我慢をすることなんてこの先嫌という程にある。今は忍を育てる学園とはいえ、無邪気に年相応の楽しみを見つけてほしいのだ。
「はい、山田先生。伯母様からの文です。返事は急いで出すようにと言付かってるおります故、早々にお出しになられた方が良いと思います。あぁそうだ。山本シナ先生は何処に行けばお会いできますか？」
　くノ一教室を見て回ったけれども、お姿を見受けられなかった、と沙衣が言うと、はて、と伝蔵は首を捻ってそう言えば、と口を開く。
「山本先生なら先程学園長先生に呼ばれているのを見たな。何か用だったか？」
「靜姉様からシナ先生によろしくと伝えておいておくように言われたの」
「……それは別に授業の後でも良いのではないか？」
　伝蔵の言に沙衣は数秒間をおいた。
「………それもそうですね。では山田先生私はくノ一教室に戻ることにします。本日からご鞭撻の程どうぞよしなに」
「うむ。精進するようにな。座学実技…それと良い人間関係を築けるように」
「……人と関わるのは面倒くさくて嫌なのですけれど」
　軽く眉をひそめ、沙衣は酷く嫌そうに呟いた。
「忍働きは基本二人組だ。協力するためには人と意思疎通は図らねばならん」
「…………………できるだけ、努力いたします」
「励めよ」
　伝蔵がそう言うと、沙衣は一礼して静かに去った。

「……あの子に昔のような笑顔が戻ればいいのだがな…」

　伝蔵の呟きは誰に聞こえることもなく静かな部屋の中に沈んだ。

---

情に溺れてしまわないように、他人と関わり合いにならないようにしたい沙衣。