白薔薇いつつめは文次とっていうか文次視点で正雪の話。
文次四年、正雪三年の時。
こっから会計が続く…。

[0回]

　初めて会ったときその異様な白さと、対極の紅い目に驚いた。

「一年い組。相尾正雪と申します。以後、よしなにお願いいたします」

　一年生にしては長い、結っても腰に届く真っ白な髪。触れれば折れそうなほどに細い体躯。病的に白い肌と大きな紅い目。一年生に変わった色の生徒がいる、と言っていたがよもや自分のいる会計委員会に入ってこようとは思わなかった。
　当時から徹夜は日常茶飯事の委員会だ。体力がない人間になど務めきれるようなものじゃない。しかも噂では病弱ですぐ寝込むような性質らしいではないか。

　だが、当時の六年生はカラカラと豪快に笑いながら、会計委員会を選んだ心意気良しとばかりに相尾を可愛がった。徹夜にも耐えられるように少しずつ鍛錬をさせて行き、それに応えるように相尾も少しずつ寝込む回数も減り、体力もつき、徹夜にも耐えられるようになった。だが無茶をするとすぐ寝込むのだが。

　年を経るごとに、その色彩の異様さと元からの女性的な容姿と仕草が相まって、周りの反応が耳に痛い。あまりにも奴に対する性的欲求をあちらこちらで耳にすることが増えた。確かに、女と言えばくノ一教室のくノたま共だが、あれは女じゃねえ。女という皮を被った魑魅魍魎に相違ない。だから、大抵の性的欲求は外の立ち君達や同じ忍たまに向かう。後輩だとか、顔が綺麗なのとか。一応、くノたまと恋仲の奴だっているけどな。
　だから、相尾は格好の獲物だったわけだ。顔は中性的と言うより女性寄りで綺麗だし、仕草は女性的な柔らかさを持っているし、何よりも、同年代の他の忍たまと違って抵抗できるほどの力を持っていない。

　俺が四年になってしばらくした頃。

「文次郎」
「何だ、仙蔵」
「大山、本岡、三矢が退学するらしい」
「は？」
「詳細は知らんが、忍びとして致命傷な傷を昨日負ったようでな。自主退学だそうだ」
　昼には出るらしい。淡々と仙蔵が言葉を紡いでいく。
「……あいつらもそれなりの腕だったろう」
「まあな。自分の不注意だと言っていたようだから、不注意だったんだろう。そういえば、お前の所の三年の相尾は委員会に出ていたか？」
　ふと、相尾のことを聞かれ俺は訝しげに眉を寄せた。なぜ仙蔵の口から相尾のことが出るのか。
「いつも通り委員会には出ていたが？」
「……そうか。なら、いいが」
「妙に奥歯に物の挟まったような言い方をするな」
　珍しく言いにくそうに視線を彷徨わせる仙蔵にそう言うと、尚も言いにくそうに口を開く。
「…………うむ。まあ…問題なく出る事が出来ていたのなら……良いのだ。私も小耳にはさんだ程度で、確かな情報とは言えないしな」
「相尾は俺の後輩だ。何かあるなら把握していないといかんだろう。あいつは身体も弱いんだしな」
「……本当に、確かな情報とは言えぬのだから、激昂するなよ。文次郎」
「おう」
　男に二言はねぇ。そう言うと耳を貸せ、と仙蔵は言い仙蔵の口元に耳を持っていく。

　聞いた瞬間にカッと頭に血が上った。

「あいつら……っ！！！」
　叫ぶと同時に仙蔵が用意していたと思しき角材で俺の頭を強かに殴る。
「激昂するなと言ったろう馬鹿文次」
「だが仙蔵……っ！」
「既にあいつらは自主退学することになっている。そして、あいつらを自主退学に追い込んだのは相尾の周りに常にまとわりついている“アレら”だ、と私は思っている」
　相尾の周りに常にまとわりつく、という形容の通り、常に共にいる相尾と同輩のい組の二人。相尾の周りで楽しげに騒いでいる時には無邪気な子どもに見えるが、三年生でもい組はい組。頭のキレる秀才が集まっている。しかも二人とも天才と名高い三年ろ組の鉢屋とも成績は競っている。
「本人たちが不注意だと言っているのだから、学園は不注意だと処理する。実際は先生方もあいつらがあの三人を襲ったのだろうと思っている。相尾も無事だったようだしな」

「あ。潮江先輩」
　少女のような高い声音が俺を呼ぶ。渦中の人物・三年い組の相尾正雪だ。噂をすれば何とやら…その言葉通りに相尾と引っ付き虫の尾浜勘右衛門と久々知兵助が立っていた。
「今日の委員会は中止だって、委員長が仰ってました。急に六年生と五年生の合同実習が入ったらしくて…、立花先輩こんにちは」
　仙蔵に今気付いたように相尾は深々と頭を下げる。
「こんにちは、相尾。相変わらず長い髪だな。切らんのか」
　相尾の髪は結っていても長く、既に腰を超えて太ももの半ばまで届こうとしている。
「私も切りたいのですれけど、切ろうとすると後ろの二人が泣きますし、母上も兄上も泣くので…」
　毛先を整えるくらいでしか許してくださいません。と、苦笑を浮かべて相尾はそう言った。でも確かに絹糸のようなこの髪を切るのはもったいない気がする。
「ふむ。文次郎ももったいない、と思っているようだぞ」
「本当ですか？　潮江先輩」
　仙蔵の言葉に、ぱっと嬉しそうな表情で俺を見上げる相尾。
「……っ！？　何故俺に振る！？」
　お陰で尾浜と久々知の殺気が俺に突き刺さるじゃねぇか！！　びしばしと当たる殺気に気付かない様子でキラキラとした視線の相尾と、にやにやとこちらは気付いている様子の仙蔵。テメコラ！　確信犯か！！
「物惜しげな様子で相尾の髪を見ていたからな」
「潮江先輩もそう思っていらっしゃるのなら切らないように致します」
　にこにこと、本当に嬉しいのか白い顔に朱が上っている。その様が本当に可憐な少女のようで……って、ちょっと待て。いかん、相尾は男だ男！
「ほう。相尾は文次郎が好きか」
「はい！　ご尊敬申し上げております！！　私もいつか潮江先輩のようになりたいですから」
　少しだけ心が揺れる。キラキラと満面の笑みで言われると…照れるじゃねぇか。……、相尾は、男。
「……相尾、悪いことは言わん。こんなギンギン見習わずとも、他にも優秀な先輩はいるだろうに」
……仙蔵…！　テメェまたそんなことをほざきやがって……っ！！
「いいえ。潮江先輩は素晴らしい御仁です。沢山見習うべき所がございます。それに、私が亀の歩みのようにしか進歩しないのに褒めてくださいますもの」
　やや目を伏せると、長い睫毛が紅い瞳を覆い隠す。口元は嬉しそうに綻び、頬は赤く上気していつにもまして健康そうだ。本当に傍から見ると少女にしか見えないだろうな……。
　そう相尾が言うと「ほぉ～～～～う？」と隣で声が上がる。
「これが、褒める。珍しい事をするものだなぁ、文次郎」
「褒める時は褒めるぞ。何珍妙な生き物を見るような目で俺を見る」
「いや、相尾が会計に入った当時、散々酷評していた奴が……ふぅん……ふ～ぅん～？」
　揶揄を込めたような視線で仙蔵は俺を見て、ふむふむ頷いている。
「まあ、既に敵認定を受けているようだし……。頑張れ、文次郎。お前が学園に在籍し続け見事卒業することを私は心から望んでおく」
　後半棒読みで仙蔵は言い、ぽん、と私の肩に手を置いて「じゃあな」と去っていく。
　は？　敵？　認定？
……………………………はっ！
「潮江先輩。正雪、潮江先輩のお話よくされるんですよね」
「潮江先輩はすごいんですよー、っていっぱい話すんです」
「はい！　潮江先輩はすごいですよ！　私も見習いたいです！」
　尾浜と久々知がにやぁっと唇を笑みに形作るが、目は笑っていない。そして二人の言葉を追うように無邪気に相尾が言う。その様子を二人はちらりと見て、俺を睨みつけるように視線をまっすぐにつきつける。
「先日、三人先輩が自主退学なさるそうですけど…不注意で」
「ええ、不注意で。先輩も気をつけてくださいね…」
「…お、おう…。慢心は敵だからな。常に周囲に気をつけておく」
「「お気をつけて」」
　こ、怖！　何だこいつら！！　本気で怖ェ！！
　確実に人を殺る目ェしてやがる！　そう言う実習は三年も後半の後半の筈だが…既に何人も殺ってる目ェしてる！！　敵認定ってこれか？　これなのか！？

………少々、こんな二人に纏わりつかれている相尾が不憫に思えてきた……。